ゆりのスリーインワン体験 

2003年

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こんぺい糖 / たけのこ / たぬき 
ほしいけど欲しくない。けど欲しい
 
つきあう! / bead

『こんぺい糖』 2003/1/16記 1/17加筆

あることがあり、そこで私は 自分の感覚が信じられなくなり、

思っている事が言えないまま巻き込まれてしまった様に感じた、という事を経験しました。

自分自身の感覚を疑い、感覚を麻痺させてしまった。

どうして こうなったのか? 何故なのか? 怒りや疑問やもろもろの感情がわいてきました。

それを セッションで 見てみました。

すると 年齢遡行で『世代』がでてきまして、

父方の2世代前、つまり父方のおじいちゃん、の、12歳の時

関係者は近所の小さい女の子二人でした。

理解するための文章は タオの2番と 構造機能・身体の被覆のCタイプでした。

F/Oしてもらいながら見てみましたら、どうやら子守りてこずっているようでした。

そして『めばえ』の文の時と同じ様に「貧乏」がキーワードでした。

12歳のおじいちゃんと対話してみました。

やりだして、気がついたのですが、これって「どらエもん」みたいです。
ある時代の 12歳の男の子がいて、未来から 子孫が手助けに来る。
私が ドラえもんで、おじいちゃんは のび太君です。

12歳のおじいちゃん(以下「じい」と略する)(ため息をついている)

私: どうしたの? そんな顔をして。

じい: わしは毎日あの子らを子守りするんじゃが、どんな手をつくしても 

    色々やってみても 泣かれる。騒がれる。

    いったいどうすればいいのじゃぁ。もう すっかり疲れてしもうた。

    あんまりにも手のつくしようがない。あまりにも情けのぉてなぁ。こんな気持ちは誰にも

    言えないまま、今までずっと抱えてきた。

私: そうかぁ。そんなに大変だったのね。

私はここで 「こんぺい糖」が必要だと 直感で思い、あげる事にした。

じい:(受け取りながら)
    うわぁ。 こんぺい糖やないか。 ほぉ。綺麗じゃのう。ほぉ甘いのぉ。

     これなら、あの子らに あげても 大丈夫かも知れんのぉ。

私:  そうそう。三人で一緒に食べてね。

じい: ウム。しかし、誰にもみつからんようにせんとなぁ。

     いちいちうるさい奴がおるからなぁ。

私:  そうか。 そんなに気を使ってるのね。

じい: そうじゃ。わしは 貧乏人じゃから、こうやって毎日二人の女の子を子守りしている。

     どうすれば あの子らが おとなしゅう寝てくれるか、を、毎晩寝る時もずっと考え続けておるんじゃ。

私:  そないに がんばってるンや。

じい: そうじゃ。金持ちの奴らには わからん。

     ありあまる程のものをまるで当たり前のように 手にして、のぉのぉと暮らしておる。

      わしには 到底のぞめん物を身にまとって・・・。

私: そうか・・・。

じい: そうじゃとも。わしらみたいな貧乏人は この世に生きてる値打ちがない。

     生きていても何だというのだ。虫けらのように踏むつぶされるのをびくついて生きている。

     生きているだけの甲斐もない。

私: おじいちゃん。

(ここで「おじいちゃん」と呼ぶのは変かもしれないが、セッション中こう呼んでたし、
おじいちゃんも 私の知っているおじいちゃんの口調で話してるのだ。)

   そうか。そんなに苦労したんだね。

   ・・・・・・でも 大丈夫だよ。今までは 凄く苦労したかもしれんが、これからはそうでもないよ。

   おじいちゃんが、そんな風に一生懸命だ、って事、ちゃんと認めてくれる人が現れるよ。

   今までは 虫けらのようにしか 扱われへんかったけど、これからは優しい言葉や

   温かい気遣いをしてくれる人にだって会うよ。

じい: (え?という顔で聞いている)

私: おじいちゃんは いつまでも12歳の男の子じゃない。 成長して大人にだってなるよ。

    これからも ずっと子守りをして生きる訳じゃない。 小さな女の子だって、成長するし、

    可愛がって子守りしてくれたおにいちゃんだぁ、て 慕ってくれるかもしれないでしょ?

じい: おお。そうかもしれんのぉ。

    ・・・・しかし、    そんな事あるもんかぁ!

    そんな調子のいい事言われても わしゃ 信じんぞ!

    わしは今まで 苦労に苦労を重ねて生きてきたんだ。

     急に これから「はい、良い人生になります」 なんて言われても どう信じようか?

    信じられるもんかぁ!

私: 人は生まれてきた以上、幸せになる権利はある。

じい: わしには ない!

     少なくとも わしには なかった! わしにはそんな資格なんてない。

    この世の中で、わしだけは 幸せになれないんだ。

私:  資格はあるよ。 ・・・・・それに、金持ちでも 貧乏人でも 同じ「人間」だよ。

じい: 人間なものか。 貧乏人は しょせん 人間ではないんだよ!

私: ・・・・・

じい: 同じ人間だって? しかし、わしの方からは決して奴らに声をかけてはならない。

    わしらみたいな貧乏人は 金持ちの奴らの顔色をうかがって、生きていかねばならん。

私: ・・・・・   おじいちゃんの胸の中に 綺麗な花が咲いてるのを私は知っている。

じい: 花だって?

私: そう。他の誰が知らなくても 私は、おじいちゃんの胸の中に

    綺麗な綺麗な花が一つ咲いてるって事、知ってるよ。

    他の誰とも違う、おじいちゃんだけの花だよ。

じい: ぉお。 そんな優しい言葉を今の今まで 人からかけてもらった事がない。

    あんただけだよ。このわしに 優しい言葉をかけてくれたのは・・・・。

私: (じっと 見ている)

じい: しかし、やはり わしにはそんな事を言ってもらえるだけの資格はない。

私: 何故?

じい: わしは 金持ちの奴らが羨ましい。あいつらにはあって当たり前で何でもない物が、わしには

    到底手に出来ない。わしはあいつらを見るたびに 腹がたってたって仕方がない。

    わしは  どれだけ恨んでいるか。

    貧乏人だという事でどれほどの屈辱にも耐えねばならないか。

    そういうわしには 胸の中に綺麗な花が咲いている、なんて言ってもらえるだけの資格は  ない。


そこで私は こんぺい糖をひとつかみ、おじいちゃんの胸の中に入れた。
こんぺい糖は きらきらと 輝いた。

じい: おぉ。こんなにきらきらと輝いている。この胸の中できらきらと輝いている。おぉ。

私:  資格がない、と言うてたけど おじいちゃんの胸の奥の、本当のおじいちゃんは知ってるはず。

    信じられない、というから、信じられるように手助けをするよ。

    このこんぺい糖 おじいちゃんの胸で 勲章のようにいつでもきらきらと輝くよ。

    どこへ行っても、何があっても 誰からも奪う事はできない。  おじいちゃんのこんぺい糖の勲章だよ。

じい: おぉ。 身体じゅうに力が満ちてゆく。

    ・・・・・(エネルギーを感じている)

    そうじゃ、わしはこれから、あの子らの所へ行く。

    あんたにもろうたこんぺい糖をあの子らにも分け与えて、いっしょに食べるんだ。

    今の今まで、こんなにうまい甘いものを食うた事は ない。 うほほぉい。

    (立ち去りかけて、言う)

    そうじゃ、あの子らは双子なんじゃ。

    わしも いつか 双子の子供を育てても いいかもしれんのぉ。(去る)

実は私は双子のうちの一人なんですが。 この言葉に驚きました。

彼はこの時 初めて自分の持っているものを
人と分かちあう、という事を選択したようです。

祖父と暮らしていた時には祖父を理解することが出来なかった。
祖父がなくなってから何年もたって、こうしてセッションの中で話をしっかりと
聞いた。はじめて話をした、という感じ。
彼の中の「無価値感」や貧乏な時期に身体にしみついた感情などを
少し垣間見ることができた、と感じる。

自分の中に根強く巣くっている「無価値感」・・・自分は人から決して受け入れられない存在だ、と
思っている気持ちがあって、それゆえに
何の行動をする時でもその裏で
「自分は価値がない人間なんだからこれ位
努力してはじめて人から受け入れられる」と無意識に思っていたり、
人に何かを話す時も 相手の顔色を見ながら、言ってたりする。
人から受け入れられるか? 否か?の観点からのみの発言になったり。

自分の内側に 全然聞いていなかったりする。

たいせつなのは  「自分の真実に聞く。」

その時の状況や人の事を見る目もしっかり持ちながら、
自分はどうなのか?という事をしっかりつかんでおく必要がある。

自分の心から、内側から、魂から、真実から。

無価値観に囚われていると
余り深く考えないまま、これまでの人生経験の道筋のまま、人や状況に
押されて 自分が「動かされてしまった」と感じて、自分にも周りにも怒りを感じる事になる。

★自分の責任で人生を生きるために★

*

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『たけのこ』 2003/3/24記

色々気になることがあって、いくつものテーマを一緒に扱ってセッションをした時、

またもや『世代』の解放が出てきました。母方の8世代前。その人は17歳の男性でした。

F/Oして 様子を見ていると 物語のようにも思えるものでしたので、

ここではむかしばなし風に書いてみようか、と思います。(一部脚色)

***

むかしむかしある村にたろが住んでいました。

たろおとぉおかぁと一緒にくらしていました。

ある春のこと、たろは、たけのこの採れる時期になったので、

となりの村との境目にある竹やぶでたけのこを採ってきて、

おとぉおかぁに食わせてやりたい、と思いました。

**

となりの村とたろのすんでいる村は仲が悪かったので、竹やぶには、

するどいぎざぎざの棘のある草や蔓で編んだ垣がはりめぐらされていました。

たろは おとぉおかぁに食わせてやりたい一心で、何とか苦労して

中に入り込んでたけのこを採り、逃げました。

逃げようとした時、仕掛けてあったわなに右足を踏み入れてしまいました。

たろは、必死でわなから足をぬいて、ぎざきざの棘のある垣を越えて、帰りました。

垣の棘で、たろは胸のあたりに大きな引っかき傷ができてしまいました。

たろは必死の思いでたけのこを採ってきたのですが、

おとぉおかぁ

「入ってはいけない、となりの村に行ったのか。行ってはいけないんだぞ!

二度とこのような事はするな!」

と言って、きつく叱りました。

たろたろで、おとぉおかぁのためを思って、

入ってはいけない所へ無理に行ったのに、その苦労を認めてくれるどころか、

とがめられた事で大変おどろき、何も言えない気持ちになりました。

そしてたろはそれからしばらく誰とも、口をきかなくなりました。

**

ある時、たろは村の人がうわさをしているのを ふと聞きました。

たろと同じようにとなりの村に入って畑の野菜を取ろうとした男がいて、

となり村のものにみつかってしまい、たいへんな目にあった、という話でした。

一人の村人はこう話していました。

「わしはなぁ、心配でならん。

わしの息子が無茶をして、となりの村に忍び込もうと考えてるんだ。

わしがどんなにきつぅ言うても息子は聞かない。

『おりゃ腰抜けではない』とか何とかぬかしよって、わしの気も知らんで」

**

その時、たろは、おとぉおかぁが本当は、

二度ととなりの村へ危険をおかして忍び入ることのないように・・・

という気持ちで、たろにきびしく言ってしまったのだ、と悟りました。

おとぉおかぁは、同じ頃、たろの友達から、

たろがとなりの村に入り込む前に、

どんなにおとぉとおかぁにたけのこを食わせてやりたい、と思っていたか、

と話していたか・・・という話を聞きました。

お互いに 相手を思いやる気持ちがありながら、通じ合えない、

本当の思いやりの言葉を伝える事ができないでいました。

たろは、お寺のお地蔵さまに手を合わせて、一心に祈りました。

その時口から言葉がでてきました。

「おとぉ。おかぁ。おら、すまなんだ。心配かけてすまなんだ。」

たろは帰ってからおとぉおかぁの前で頭を下げました。

「おら。すまなんだ。」

おとぉおかぁは、おなじように頭を下げて言いました。

「いやぁわしらもすまなんだ。たろ、ありがとうよ」

そうして、たろおとぉおかぁと、これまでよりも仲良くくらし、

成長して、村の男衆の集いにも参加するようになりました。

**

そして、たろはとなり村と収穫物の物々交換ができるように計らい、

となり村のたけのこも楽に手に入り、

楽に食べることができるようになりました。

*

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『たぬき』  2003/5/30記

スリーインワンでは「5つの身体」という見方があり、その中でもX-ファクタ−体というのがある。

(これは STEP5 で 出てきます。)

それは 小さい時に「自分はあまりにも弱々しい」と思った。そして、そういう 自分を守る為に守ってくれる

存在として、「アニメのキャラクターや神話童話の登場人物などの力を借りたい!」と思う。

そしていつしかその事を忘れてしまい、何十年もたって 大人になってからもそのキャラクターのお守りの

力は効いている。そればかりか大人になった今となってはその人の成長をさまたげ、欲しい物を手に入れ

させない効用となること、しばしばである。

スリーインワンでは、不用となったそのX-ファクタ−さんに、今までのお礼を言ってT別れを告げ、去って

いかれるのをお見送りする、という事をしている。

最近友人が何か欲しい物を手に入れるのを邪魔しているX-ファクタ−体に去ってもらう、という事をしてい

る。これが、私の周りで流行って(?)いるので、『男を近寄らせないX-ファクタ−体』というのがいるのかも

しれない、と思って筋反射で聞いてみた。それは、

た  ぬ  き                 だった。

それは    動物占いの     天 然  の た ぬ き        だった。

F/Oしながら見てみると、私は 大きな大きな 狸 の 毛皮のきぐるみ を着ていた。

脱いでみよう。脱ぎにくい。しかし「脱ぐ」と決めて脱いだ。脱いだ狸に 私はもうあなたなしで行く、と言った。

今まで私を守ってくれてありがとう、と言った。 はじめは、しり込みしていた狸だったが 受け入れてくれた。

大きな狸の毛皮は私の目の前から歩いて去って行った。その背中には驚くべき、沢山の小狸がぞろぞろと

アリの行列のように並んで 出て行った。

この狸は「まったく色気なし」である。

「この世の中 面白い事、いっぱいよぉ!」と言いながら

「すべてを冗談に」してしまい、

異常に うけねらい の言動を起こさせる。そういうやり方で、

男性が寄ってきたら、しっしっし、とおっぱらう

という事を してきた ようなのだ。

子供のように ひとなつっこく 他人にすりよりながら

大人に成長させない。

天然たぬきの鎧を脱いで、これから私は、ありのままの私で人々に会う。

天然の媚(こび)は要らない。私は私。

<後日談>無事〈?)めでたく彼氏ができました。2003/9月 記

*

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『欲しいけど欲しくない けど欲しい』 2003/7/18記

友人と話していて、こう言われた。

「ゆりちゃんは 恋人やBFがほしい、とか 色々おしゃれをしたりして 努力してるのはわかるけど

 でも 本当はほしいと思っていないんじゃない?」

ん…。まったく そうである。

ほしい、とは口で言いつつ 本当は欲しくないのである。

まったくその通りである。

「なんで 欲しくないのか?」と聞かれたとたん 頭の中をNHK特集のイメージ音楽のようなものが

流れてきた。重い。重々しい。

「N・H・K特集…うぅ。問題が決して解決しない、重々しい社会問題」て感じがした。

*

「いい男は世の中にはいない。いるかもしれないが私の身の回りには決していない。

だから つきあわないのだ。」と思っている。

「それって思い込みじゃないの?」と友人に聞かれた。

腕の筋反射で訊ねてみると「それは真実ではなく、思い込みだ。」と出た。

うへ。さいでっか。

ン? 待てよ。筋反射でそう出るという事は 本当はそうではない、て事を体は知ってるって事か?

筋反射でそれも訊ねてみた。すると YES と出た。

じゃあ 私がいつからそないな男性不信におちいったのか体は知ってるのか?と聞いてみた。

すると YES と出た。 それで年齢遡行してみた。小学生1年から2年になる時の事だった。

*

1年生から2年生になるのが凄く嫌だった。自分が成長しておとなになっていく、という人生の路を歩ん

でいる事すら嫌だった。段々勉強は難しくなる。色々難しい事に取り組んでいかねばならない。

一年ごとにどんどん物事は難しくなっていく。おとなになれば、物凄い難しい人々がいて、物凄く難しい

仕事が私を待っているんだ。きっと私は世の中にうまく対処できず全てに絶望していつか自殺してしま

うであろう・・・とまで思った。

小学生2年で 既に私は「人生の黄昏」をひしひしと感じていた。実際それ以後いつでも何をしている

時でさえ心の奥底では黄昏に浸りこんで生きてきた。

*

その感覚というのは父からもらったものだった。父は 励ます時目茶苦茶難しい事が世の中には

いっぱいあるんだよ、という話をする。だから気をつけて頑張るんだよ、と言いたかったのだろう。

しかし小学生2年の私にはそれは受け取れない話だった。

そうか、世の中には困難と難解と決して解決される事がない問題の山がごろごろあるんだ、という

風にしか受け取れなかった。

(まったく父はNHKが大好きなんだなぁ。困難で混沌としています、という報道番組が大好きなんだ)

それが愛情から出たものである事も、父がそういう人である事も子供なりに理解してはいたが、

しかし、それが結局私には《人生は途方もなく重い》という事を教わった事にしかならなかった。

*

で、それが現在の私の 男性不信・男嫌いに どう影響を与えているのか? 考えてみた。

その時、思い出した。愛情ゆえに重さを与えられた事。

23歳くらいの時一人で友人の住む台湾に旅行するつもりだったが、父は 海外に行くにはあれに気を

つけろ、これこれは危ない、どれどれはどうだからこうしないといけない、などと物凄くうるさく注意した。

それを聞いて嫌気がさして、憮然として、急に私は「私は行かない」と言い出した。

「誰が何と言おうと、私は絶対に行かない!」と言った。意地になって行かなかった。それでその友人と

うまくいかなくなったのだけれど、それでも私は後悔しなかった。

物凄い強い意思で私はその時「行かない!」と決めた。今からみればアホじゃないか、とも思うが。

ある意味で 私は絶対にXXだぞ、と強い決意を 初めてしたのだ。

マイナスでななくプラスの方向に決意すりゃ良かったのに、と思わなくもないが。

ま、それがあるから2002年の3月に米国バーバンクのスリーインワン本部へ一人で行くという決意と

行動を生み出したのかもしれない。大体半年前から準備して行った。物凄い勇気が必要だった…。

*

で、本題をもとにもどして、と。

私にとって 男性というのは 自分のしたい事を邪魔する存在であった。

実際お見合いとかしても 自分のしたい事があるから、という理由で断った事がある。これは逆に言う

と、結婚すると自分のしたい事が出来ない、と思っている証拠だ。親がせっせとお見合い話をあちこち

に頼んで持ってきた頃(30代前半)私はお正月の初詣で「縁談は要らないです。結婚は要らないです」

と本気でお見合い話が壊れるように、と祈った事もあるくらいだ。

*

これから新しい「男性イメージ」が必要になる。男っていうのは ろくなもんじゃない、と思っていたら、

ろくな人が来ないし、いい人があらわれても 友達ならOK、でも恋人にはダメ、という事になる。

新しい、イメージ、男性という存在は私にとって…………?

その時浮かんだのは スリーインワン仲間のうちで いつもお世話になってる人。

そうだなぁ、困った時に助けてもらってるし、こちらからもできる事はさせてもろうてる。そういう男性は

いるんだなぁ、スリーインワン仲間には。本当にシェアーしあったり助け合ったり、対等で…。

で、新しいイメージ。

私にとって 男性とは 「対等で助けてもらえる人。仕事をやっていくのに助けてもらえる」

新しいイメージを得て、私は ちゃんと ほしいもんはほしい、と堂々と言えるようになった。

*

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『つきあう!』 2003/11/26記

彼氏ができてつきあっていく、という段階で何かに反応して「つきあっていく事」を考えるとしんどく

なる感じがした。それでセッションしてもらった。

すると又もや「世代」が出た。

母系で何世代前だったか(記録が残ってないのでわからない)の女性。

世代って事は 今の自分は堂々と胸はってOKと言えるはずなのに、

意味もなく「……」となるっていう事。世代が出た事で「そうだよなぁー」と思う。

で、その女性、確か45歳だか47歳だかの年齢になっておられる。

普通世代で出てくる年齢はその関係している方が

子供を作るまでの年齢という事になっているんだけれども、

ま、その時はそうだった。

セッションというのはある意味では

何が出てもおかしくない、何でもあり、の世界なのだ

世代で出た情報は、あくまでもクライアントのマインドの世界にあるものであって、

実際にそういう先祖の方が いらっしゃったかどうかは わからないのだ。

さて、F/Oして見てみると、その女性は男性にもてるようで、何人もの男性と関係をもったり

むこうから沢山アプローチされるという……私には羨ましい……方のご様子。

そして「もう男なんていらないわ!」と思っておいでの様子。

何でそう思うのか? もっと状況を見てみよう。

すると、その女性のお母さんはとっかえひっかえ男を変えて生きておられた。お父さんは誰だか

わからない。小さい時から「愛」というものを知らないで生きてこられた。でも「愛」を求める気持は

ある。それを自分によってくる男性達との関係性の中から得ようとして失敗してきた。男性達が

彼女に求めるのは ただセクシャルな感覚だけだったのだ。

その彼女が45歳だか47歳だかの年齢になって一人の男性に執拗に迫られている状況…が

見えた。その男性も愛を知らないで育った人で、愛を表現する前に、葛藤してしまいジレンマから

彼女に暴力をふるってしまうのだった。愛の表現の仕方を知らないという点で似たもの同士だと

いえる。しかし本当のところ、魂のレベルで二人とも「愛」は知っているはずだ…と私は思った。

現在の私が彼女に対してイメージを送ってみた。

「あなたが生まれてきたって事は本当は愛を知っているでしょう?」

YESという感じが伝わってきた。

「人間としては どう愛を表現していいか、わからないのかもしれないけれど?」

そのよ、て感じが伝わってきた。

「じゃあ心の奥の奥、魂と心の溶け合うところまで見てご覧。そこには愛が溢れているはずよ。

一緒にやってみましょう」

彼女とふたりでやってみた。温かな愛があふれているような感じがした。

その時、私(現在の私)の胸の奥からひとつの思いが湧いてきた。

『◎◎◎(私の彼氏の名前がここに入る)とつきあう!私は◎◎◎とつきあう!』

それは強く決めてきたような感覚だった。

迷いがなく、中心にきちんと定まってるような感覚。

そこで

「世代で出てきたその女性の相手の男性と、この◎◎◎は関係あるの?」

……と訊ねてみたがその質問に対する答えはなかった。

そっか。それはどうでもえぇ事なんだな。自分がどうなのか、て事が大事なんだ。

温かい愛を感じながらその女性の世代から段々現在の私へ戻って セッションは終わった。

*

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『ビーズ』 2003/12/9

これはスリーインワンの上級クラスを受講していた時のこと。

『つきあう』の続きのような似たテーマだけれども、彼氏とつきあっていくってどういう風に

やっていくんだろうなぁ…と漠然とした不安のようなものがあったので それを取り扱ってセッショ

ンしました。 

(これを書きながら思ったのだけど
私は、自分で自分に恋愛コンサルタントをしている感じだなぁ、と思いました。
腕はFTさんに押してもらわないといけませんが、
自分で自分の話を聞き、自分で自分の整理をして、結論を出していく・・・。)

原因の年が4歳で、関係者は両親。F/Oしてみていくと、両親が仲たがいをしている状態。

私は二人のようすを見て、右往左往している。

修整は「子供の頃の自分に会いに行って、慰めたり助けてあげたりする」という方法を使うよ

うに、とクラスの中で、Gordon(スリーインワンの創始者であり、そのクラスのファシリテートをしてくれていました)

の説明がありましたので、早速私はイメージの中で4歳のゆりちゃんのところへ行きました。

4歳のゆりちゃんは困った様子。

「おかあさんとおとうさんがけんかしているの。

おたがいに相手をけなしてあっているの。

おまけにおかあさんは

『ゆり、あんたはおとうさんのようになっちゃ駄目よ!』と言うの。

怖くって、おかあさんの前ではおとうさんの悪口に同意しないといけない。

おとうさんの前ではおとうさんの味方にならないといけない。

そんなのいやだよ。」

わたしは ふむふむと話を聞いてあげて、

「それじゃあ、どうしたい?」

4歳のゆりちゃんは

「んとね。大人みたいにうまく話せないから手伝ってほしいな。」

それでまずおとうさんのところに行って話をして、次におかあさんのところに行って話をしてみた。

4歳のゆりちゃんは ことばの数が少ないから 大人のゆりちゃんが後ろから手伝ってあげた。

一番言いたかったことはこうだった。

「わたしはおとうさんとおかあさんの味方だよ。

おとうさんだけとか、おかあさんだけの味方じゃないの。

おとうさんとおかあさんの味方だよ。」

その結果どうだったか、というと、あいかわらずだった。大人たちは態度を変えようとしなかった。

4歳のゆりちゃんは落胆していた。

それで私はポケットからいくつかのビーズとできあがったビーズのアクセサリーを出して見せた。

4歳のゆりちゃんは 「うわぁ、きれい!」と 感動。。。

私は彼女に話しかけた。

「ね、あなたはこのビーズみたいに

自分が小さくて何の役にもたたないものだ、と思っているんでしょ?」

4歳のゆりちゃんは 上目使いで少し口をとがらせて うなずいた。

「でもこのビーズを見てご覧。」と言ってアクセサリーの方を指さした。

「これはね、この小さなビーズをテグスという糸に通して作ったものなの。

きれいでしょ。いくつものちいさなビーズを通してつなげていくとこういうきれいなものになるの。

あなたもこのビーズのように小さいかもしれないけど

 ひとつひとつ通してつなげていくと 何かにはなるよ。」

4歳のゆりちゃんは感心したようす。

「へぇー・・・。でも、これむずかしそう・・・」

「大丈夫。むずかしそうに見えるけどね、

やることはただひとつひとつ通していくだけなのよ。

ビーズを一個一個通してつなげていく。

通し方っていうのは色々あるんだけど、

でもやることは同じ。一つ一つ通していくだけ。」

4歳のゆりちゃんは ふぅーん と聞いている。

「だからね、あなたもね、

毎日一つ一つの小さなことをやっていけば そのうち何かにはなるよ。

自分が小さくて何の役に立たない、なんて思わなくてもいいの。

この一個のビーズが何かを作りあげるんだ。

一つ一つ。一個一個。」

4歳のゆりちゃんは 嬉しそうに「うん!」とうなずき、ビーズを手にしたまま光の中を消えていった。

現在に戻ってきて、今の私は彼氏とのつきあいは 一つ一つのステップを大事にして関係性を作り

あげていけばいいんだな、と思い、安心しました。

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