愛のコミュニケーション
 ワークショップに
 前向きになる為の
 セッション
        2007年  2月

腕を押してくれた人:
尚子さん

 
2007年3月25日に神戸の六甲にある
サラ・シャンティさんのところで
オリジナルワーク「愛のコミュニケーション」を
開催します。

その準備として チラシをあちこちに置かせて
貰えるように頼んだり 今まで受講してくださった
方々にお送りしたりしています。

その「チラシを置かせてください」とひとに頼むことが
結構 慣れない思いがして ストレスと感じる・・・・。
とか
「一体何人のひとが来るのだろうか?」という思いがあり、
何人来るかによって、やり方が変わるんだけれども、

(例えば5人の参加者に対してワークの提供のしかたや
 それが20人になると どのように提供するか、
 話し方も変わるでしょう? 基本的な所は変わらないけど)

そういうことを考えると頭が真っ白になる。

という事を テーマに セッションをしてもらいました。


 

まず、尚子さんに これこれこうで、とお話をして、

チラシを見せて「これこれこういうのをするんです。」って話を切り出す

などの チラシ関連のもやもやと

ワークショップで 何人の参加者の規模で、どういう風にする、
ということが 自分で決めきれない、

というワークショップそのもの関連のもやもやがあるということが

わかりました。

そして腕を押していくと、最優先のストレスがはっきりしました。

私は耳が少し聞こえにくいという事があるので、

「よぉけの人が来たら困るなぁ。」という思いがあることでした。

「もし、そのストレスが解放されて、問題にならなくなったら
どのようになりますか?」 という質問に

私はうぅむと考えながら答えました。

「参加された方々が 皆、それぞれに何か良いものを
 受け取って 持って帰ってくださったらいいなぁ〜」

あ、すこし方向性が見えてきたみたい。と思ったところで
セッションの本筋に 入ります。

まず バロメーターは 3−3−4

意識レベルで
求めているのは

興味をもって
温かく迎えられる
っていうような 感じ

意識レベルで
感じてるのは

利用され/虐待され乱用され
/混乱した 恨み

潜在意識レベルで
求めているのは

目的意識を持っていて
同格な 感じ

潜在意識レベルで
感じてるのは

受け入れがたい 感じの
悲痛と罪の意識

体の細胞レベルで
求めているのは

選ぶ ということ

体の細胞レベルで
感じている事は

選べないという感じ

そして 筋肉が教えてくれたことは 顔の構造から言うと

私は鼻の下が短くて、(「自動的評価」のAタイプ)

人から何か言われたりされたりすることの一個一個が、自分を責めてるんだ、
って思いこんでいき、攻撃されたモードに入りがちなんだけど、

その構造を良い方向に使いなさいって事だった。

つまり 人から重要な人だと思われると、勇気に満ちて、慈しむ気持になる。

という要素があるので、その方向で行くようにしなさい。って事だった。

    ・・・なるほど。

その時尚子さんは言ってくれた。

「ゆりちゃんは、今やっているチラシを頼んだり、ワークショップを開こうとする

ような事だけでも、もう既に、重要なことなんだ。今までひとに頼んだことないのに

そうやって人に頼んだりしてるんでしょ。」

    ・・・そうだ。確かにそうだ。

今取り組んでいる事だけでも 重要なことをやっているし、ね。

   ・・・ (ちょっと 自分を見直す感じ〜〜(=^^=))

*

幼年期の原因の年令は 0才。(つまり生まれてから1才になるまでの間)

その時「同格じゃないし、温かく迎えられてない」と感じていたみたいだ。

関係者は 両親。

何があったのか?を振り返る前に 先にエネルギーを修正。

真正面を向いた時に、正面からの人の声を聴くのがストレスと感じる。
(耳の短絡。正面)

耳たぶを外側に開くマッサージをしながら ふと「目的意識を持って同格」という

言葉に 気がついた。

 ・・・そういえば、「目的意識」〜目的があったんだよねぇ。この両親のもとに

生まれてくるっていうの、何か理由・目的があって選んで 生まれてきたんだよね。

家業でめためた多忙な両親の事。

子供に対して 思ったように時間と心をむけるだけの余裕がなかったみたいで。

私は随分小さいころから、スリーインワンを始めてしばらくたつ頃まで
(つまり 人生の殆どの時間)

両親に うらみがましい思いをいだいてきた。

さみしいとか、どうせ愛されていないとか、色んなぐちっぽい思いを胸にいだいて

生きてきた。

しかし、スリーインワンをやっていくうちに あぁ本当に両親は両親なりに精一杯

やってくれたんだなぁ、とか、色んな事が わかるようになって、きたし。

去年の秋から今年の初め (2006年秋から2007年1月位まで)

ふいに「あぁ、もう そういうことで 怒りを感じる必要もないし、自分の内側で

めらめらと怒りの炎を燃やす必要もないんだ。」と 腑に落ちるように納得したんだ。

だから もう解放されてる、と言ってもいいようなもんなんだが。

・・・でも 今回更に もう一歩進めて 理解が必要だった。

*

この両親を選んだのは「愛の感受性を高めるため」だった。

小さなことでも 愛だなぁと感じる心がないと、せっかくの愛されていることを

受け取れないで、どぶに捨てるようなものなのだ。

孤独感募らせる子ども時代を過ごしてきたから、今、何か凄くありがたいと思う。

彼氏の良さがわかるのも そういう経験があって、今の私があって、

それで 彼氏の良さがわかるし、彼の言葉の小さなことの一つ一つがありがたくて

嬉しいと感じる。

そういう事だったんだなぁ・・・と 思った。

*

その次に 思春期のできごとを振り返ってみた。

11歳。小学5年生の頃。関係者は担任の先生。

確か 私のことをよく理解してくれて、励ましてくれた記憶がある。

でも、その時の私は それが嬉しかったけど、でも、でも、

「自己評価」が低かったから その理解してくれたことや励ましが受け止め

られなかったし、それを生かせなかった。

確かそのころは 江戸川乱歩の小説に凝っていて、毎日図書館で借りてきて、

一日に一冊読み進めるという凄い猛読書の時期でした。そういうのも先生に

褒められたんだけれど、その時のわたしにとっては「それは当たり前なこと」で

しかなかったんだなぁ。今の私が振り返ってそのことを思うと、よくぞ、そこまで

熱中できたねぇ、その集中力たるや素晴らしいもんだぞ、と言ってやりたい。

しかし、その時のわたしの感覚では「こんなん普通よ〜当たり前よ」と言って、

つぅ〜〜ん。とすねてた。

     ・・・ウウム もったいない。

そこまで 思い起こしながら話していてわかったのは

「自己評価を高める必要がある」っていう事だった。

     ・・・・「自己評価」か。 わかった。

*

現在に戻り、ストレスが0%/やる気が100%になっているかと思いきや

ストレスは51% やる気は31% だった。

なぜじゃ〜。

腕に聞いてみた。

  「何かする?」・・・・腕の答えはyes

  修正は「母系」の修正。

そうか。自己評価が低いのは 子ども時代 母からのダメ押しが多すぎた。

その影響だろうなぁ。

 腕に聞いたら、内なる母との対話が必要だと出た。

 去年母に直接 きつく言わないでくれ って 頼んだことがある。

それから以後 母は柔らかくなった。

でも 今ここで 必要なのは、実際の母じゃなくて 私の中の、内なる母が

まだ昔のまんまのダメ押しの強い、きつい母であるって事なんだな。

それで ロールプレイの方法で 内なる母と話してみた。

おさまってきたところで、涙が出た。

そうだ。この件では ずっと涙をこらえて 歯をくいしばってきたんだ。

泣いたことはない。涙を流す必要があったのかもしれない。

(TT)ちょっとだけ泣きました。

そうして解放して、「愛のコミュニケーション」のワークショップに向けて、

新しい振る舞いをするとしたら、「胸を開く」だな。と思った。

「胸を開く」と言いながら胸をはって開いてみたら、

   あ、私がまず 心を開いて 人々を受け入れる見地にいる必要があるんだ。

と わかった。

  そうして、参加者の皆さんも 心を開いて、このワークショップから何かを

  受け取っていかれるんだ。

  まず 私が心を開き、そして 「私は受け入れていきます。」と言ってみる。

そうした時、私はまず自分とつながり、そうして人々とつながっていけるような

気持がしてきた。明るい感じがする。

そして セッションは終わった。

*

翌日、ワークショップ参加申込のお電話が入りました。

ありがたい〜。ありがたい事です。                           200 7年2月記

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