ゆりのスリーインワン体験 1

2002年

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『正直に生きる』と『自分を愛する』について
 
めばえ / 『君は綺麗だよ』1・2・3

『正直に生きる』と『自分を愛する』について

先日私はひさしぶりにプロのセッションを受けました。『プロの』というのはつまり、

有料でのセッションです。

仲間内での交換セッションではなく、という事です。

その時は 本当に真剣にセッションを受けました。

「恋愛」が絡むとどうも私は対等でいられない。という事をテーマにするつもりだったの

ですがセッションの時間が近づくと他の事も気になってきました。

家族とも対等でいられない、ような気がする、という事が非常に気になってきました。

セッションのはじめに ファシリテーターのTさんと テーマについて話をしていて、

なんで家族との関係の事も気になってきたのか?という事がわかりました。

「恋愛」というのは ただ単に好きな人ができる、というだけではなく、

自分に最も近い存在になる訳です。

これまでは私にとって、家族が一番身近な存在でした。

「恋愛」をすると、その相手(例えばパートナーや恋人etc)が 

これ迄の家族と同じくらいに、もしかしたらそれ以上に近い存在になる可能性がある訳です。

「家族」に対して、と 「恋愛・パートナー」に対して、
というのは 根っこが同じだ!

 という事でした。

あぁ〜! うわぁ〜 そうなんやぁ〜〜!!

ガガァーン★** ω《 ̄(・・) ̄》ω

そのセッションの時 私は「こうこうこうやねん!」という事は話せるのだけれども 

「それでどうしたいのか?」とか、「どういう風にやったらいいと思う?」と聞かれた時に

それがどうしても言えなかった。

つまり、それが 答えでした。

私は 人に対して 率直に自分の感じている事思っている事を言えない。

言うとしても言葉を選んで考えてから話していて。

言葉を選ぶこと自体は悪いことではないけれども、

言う時にまず「どうすれば相手が傷つかずに話す事ができるか?」を考えてから話している。

ということは つまり

 考えている事思っている事をそのまま言えば 相手が傷つく、と思っている事になる。

それは、自分の内側の感覚を否定してることになるし、自分の内側を正直に言っていない

・・・嘘を言ってると言う事になる。

それは相手にとって本当に良いことなのか?

自分にとって良いことなのか?

今まで、私は 自分の感じている事や考えている事を そのまま表現しないできたから、

さて、これから どんどん表現いたしましょう!という風にやろうとしても

まず感じている事をわからなくなる。・・・自分をずいぶん長いこと、麻痺させて生きてきたので、

自分の望んでいる事感じている事に自分の意識をむけたとたんに、

そのフォーカスがボケる。。。ということに気がついた。

自分に自分の望んでいるものをプレゼントする、と決めた。


自分を大切にする、自分を愛する、自分を認める。自分を受け入れる。

基本的なことだけれど自分自身を そのまんまを見る事から。そのまんま感じる事から。

それは毎日の生活から。本当に日常生活の些細なことから。

それができてこそ。自分にも 他人にも 地球にも 全てに愛を。

 愛はまず自分を愛することから。

*

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めばえ 2002/11/28記

スリーインワンのSTEP6のクラスを再受講した時のことです。

「世代」の解放テクニックを使って短いセッションをしてみましょう、という事になりました。

「世代」というのは・・・何かのことがあった時にこういう反応をしてしまう。。。

例えばあるパターンの人間関係に対して何故かやけに怖くなる、など。

それが自分が体験していない事でも、DNAに組み込まれている先祖の

誰かさんの体験からきている事だったりする。

そういうのを解放するテクニックです。  

私はその時 その前の日に母親に

「来年あたり、一人暮らしをする、という事を考えてるねん」と話したら、

「何言うてるねん。そんなんできるほど 人も来てないくせに」って言われまして。

「うぅむぅ〜確かに今目に見えている事だけで言えば、

そう言われてもしかたないなぁ・・・(それは認める)

しかしなぁ・・・」と

思った事について、何ともならんかいな、と思ってそれをテーマにしました。

で、世代で取り扱ってみました。

すると 父系、2世代前の男性で

その人が1才の時、今の私のテーマと同じような事を感じていた、と出た。

つぅーーことは、うちのおじいちゃんがまだ赤ちゃんで1才の時だったのね。

その時のおじいちゃんは何があってどういう事を感じているのか?

 F/Oをしながら見てみると、

「今のこのうちでは、この環境では

 自分の生まれてくる時にこういう事をしたい!と願っていたその目標を達成するのは難しい!

 とうていその目標のぞみを叶えることは無理だといってもいいくらいだぁ!

・ ・ ・あまりにも貧乏だ!

    あまりにも心が貧乏だ!

      金銭的にも貧乏だ!」と 嘆いている感じ。

そうかぁ。おじいちゃんは 1才の時そういう悲嘆にくれたんだなぁ。と思った。

[注意]

世代で出る情報は

その時に実際にそういう事があったかどうか?

事実はわからないです。 

でも、セッションで取り扱っているテーマや

問題を解放するのに有効な、

DNA上での解放テクニックです。

さて、その おじいちゃんのその感情ストレスを解放するのにはどうしようかな?

 とF/Oしていると ふとあるイメージが湧いてきました。

 実写版の、ひとつの種から芽が出てくる時の映像でした。

それは こんな感じでした。

土の中に埋もれているひとつぶの種。

ある日、種から芽が出る。まわりは土と岩だらけ。  硬いし、痛いかも。

でも芽はやわらかく、しなやかに土の間を縫って伸びていく。

あたりに光はない。闇の世界。目印もない。

でも こっちへ行こう。こっちなんだ。 

誰に教えられた訳でもない。けれどもそれはDNAに組み込まれている本能としてわかっているんだ。

芽は伸びてゆく。根を地中にうんと伸ばしながら。

やがて芽は地表にたどりつく。

「やぁ。おはよう!」

芽は光の中、風がそよぐ中、挨拶しながら伸び続ける。

そして葉が出て、うんとうんとのびながら、茎も太くなってゆく。

そしてそのうちにつぼみもついて花も咲くんだ。

「あぁ こっちへ伸びていって 良かったなぁ」 咲いた花はほっとして笑った。

「何々がしたい」という思いをはじめにいだいた時は きっと まだ土の中。

種から芽が出たばかりなんだよ。

「こっちへ行くんだ」という方向は

 まわりの誰が賛成する訳でもなく 反対する訳でもなく ただ本能で、自分の知っている感覚なんだ。

きっとDNAに組み込まれているんだ。

「こっち。こっち」と伸びていく感じは、それがその植物にとっては自然な事なんだな。

だから硬い土や石があってもそれを迂回しながら、その間を縫いながら、伸びていくんだ。

そうなんだ。

だから私も 本当に必要な事だったら そっちへ行けるよ。

そっち、っていう方向をしっかり持って、

その時その時の目の前にあることをただひたすらやっていくんだよ。

「光」が見えそうにない、なんて嘆いていないで、やる事を一つずつやっていけばいいんだ。

・・・そう思った。

1才の時のおじいちゃんも 勇気を出して進んでいけるね。

そして、いまの私も 進んで行けるね。

*

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『君は綺麗だよ。』 2002/12/11記

先日まで スリーインワンの創始者のひとりである、ゴードン・ストークス氏のワーク

『身体と信じ込みの体系』を受講していました。

身体は私たちの頭mind・心heartを反映し、協力して

「私」という人間の人生を共に歩み、生きてくれています。

  ふむふむ・・・とわかる。確かにそうだなぁ。と。

それではここいらで いっちょ 私の聞こえにくい耳をテーマに扱ってみようかなぁ?と思いました。

セッションをしているとよくある事なんですが、

普段の生活の中では自分で自分自身に隠している

《本音》といったものが ばぁんばぁん 出てまいります。

うわ。そうやったんか。と思う事しばしば。

それも 今見るぞ、向き合うぞ、と用意が出来たものが出てまいります。

だから時には「ギギョエー!」とのたうちまわる事もあります。 

しかし、しかし。 

心の奥の奥。しまいこんでいる心の奥に問いかけてみると

それは 真実だ、とわかるんですよねぇ。

そうして、しっかりとみつめて歩みだす。しっかりと受けとめて

受け入れて 信じる方向へ歩むのですねェ。

さて、「耳」のことですが。 私が心の耳を閉じ、身体の耳を閉じたのは、父親が原因の一つである、と出ました。

父は あまり人を誉めない。

何か良い事があっても「今の事だけ見て喜んではいけない。この先どんな悪い事がおこるか、わからない。」という考え方で。 

人間性の話はあまりしないで、政治や経済の悪い状態の話題をしているのを好む様で。

 その父から私は決して誉めてもらえないだろう、と思った。

(実際に誉めるか誉めないかは別にして、

こう思った、というのがポイントです。)

スリーインワンでは 父親の事というのは世の中の男性一般。母親の事は女性一般と重ねて考えます。

で、FTさんがこう私に言った。

「これは《世の中の男性一般からも

 自分の望む言葉は聞かせてもらえないのではないか?》

と思っている、という事につながるのではないでしょうか?

腕に聞いてみたら 「YES」 の答えが出た。

うわ。うわ。そうなんや。でもまぁ。そうやろなぁ。と思った。

そしたらFTさんがこう言った。

じゃあ、具体的にどういう言葉を言ってほしい、

その耳に聞かせてほしいと思っているのか?

明確にした方がいいのではないでしょうか?

腕に「その必要はありますか?」と訊ねたところ、YESと出てしまった。

うわうわうわわぁ。 そ、そんなはずかしいこと! FTさんが「はずかしいんやったら向こう向いてるので

その間に書いてください」と言った。それで私は、京都タワーのてっぺんからとびおりるような気持ちで

YURI, YOU ARE BEAUTIFUL.と 紙に書いた。 

腕に「それで充分ですか?」と訊ねたらNO!だった。

「日本語にして表現する必要がありますか?」 答えはYES

顔じゅう まっかっかにしながら言ってみた。 そしたら 声が小さかったらしい。

もっと大きな声で言う必要があるらしい。

それで もっと大きな声で言ってみた。

言い終わってはずかしくてたまらなくなり、会場の横っちょのあいてる所を走り回った。

このことでわかった事は、

自分で自分に言う事さえ、これほどまでにはずかしがるのだから、

本当に誰か男性から言われるような状況に なりそうになったら、

自分からそれを避けるであろうという事がわかった。

それと同時に そういう言葉を本当に聞かせてもらいたいのだ、と

 自分自身が強く望んでいるという事もわかった。 

・・・《可愛い》ではなく《綺麗》と言われたい。見られたい。

特に男性からという事なのだ。・・・

それだけではなくて、このセッションで組んでくださったFTさんが
男っぽい人だったから余計に恥ずかしかったのではないだろうか?

『顔』の構造が変わる (君は綺麗だよ、の2)  2002/12/12記

上に書いてる『君は綺麗だよ。』の続きです。

自分で自分に 綺麗だなんて 超はずかしいことを言って、走り回って戻ってきた時、

FTさんが鏡を持ってるか?と聞いた。私は手持ちの鏡を覗いて見てみた。

「顔の構造機能が変わってるよ。」とFTさんが言う。どれどれ?

唇の上下ともすこぉしだけど厚くなってる。その違いは微々たるものだけど、わかる?」

本当にそうだった。上唇も下唇も少し厚くなってる。

「先刻迄は口紅をつけてる事すら気がつかなかった。

今はそのつけてる、という感じが見てわかるんだ。」

その通りだった。厚みだけでなく、ほぉんのりふっくらとしてる唇。つやつやしてる。

頭の中で「色っぽいねェ♪」

という歌のワン・フレーズが聞こえてきたようだった。

上唇が厚いのは、構造機能で言うと自分の感じている感情を

言葉で表現することに喜びを感じる、という内容である。

そして下唇が厚いのは、

自分から人に惜しみなく与える事に喜びを感じる、という内容だった。

実は、そのセッションの前日、他のFTさんからこう言われていたのだ。

「ゆりちゃんは、セッション中と終わってからとで全然別人みたいに顔が変わるよ。

セッション中は物凄く可愛くなるのに、セッション終わると 何を見たくないのかしら?という位に目が細くなる。

何をそんなに見たくないの?」

自分でもそれは知らなかったのだ。

{{直面したくない、向き合いたくないものがあるのかなぁ。無意識にやってるんだろうなぁ。}}と思った。

その翌日のセッションで、こういう風に顔の構造が変わったのを自分でも知ったので非常に驚いたのだ。

さてセッションは続く。

 セッション中、ふと小学生3年の時 鼻炎がひどくなって、鼻水が沢山出てしまった。

そして同級生の男子達にとことんいじめられた事を思い出した。

これは比較的よく覚えている、というか、これから後の人生が

暗くなったきっかけだったので忘れようにも忘れられないものなのだ。

その事を話したらFTさんがこう言った。

「今過去の事を話したら、もとの構造に戻ってしもうたよ。鏡を見てごらん」

見てみると、本当に そうだった。過去の嫌な出来事を話したら、顔も元の構造に戻ってしまった

握手 (君は綺麗だよ、の3) 2002/12/12記

じゃあその出来事が起こる、少し前に自分で何を決めたのか?見てみましょうか?」

何かの出来事が起こる時、ただ起こるのではなく、

自分で何かを決めて、その結果としてその出来事が起こる、

というふうになっている。という見方がスリーインワンでは なされている。

そういえば、そうかもなぁ。と思いながらF/Oしながら、その出来事を振り返ってみる。

鼻水=魂からの悲しみの涙。という気がするなぁ。

 確か小学3年の時水泳とかで泳いで、プールの水に入ってる薬がきつくて、

それから鼻を痛めた、という事じゃなかったかなぁ?」

FTさんは更にこう言った。

「じゃあ、そのプールの水の薬で鼻を痛める前には、どんな事があって何を決めたか見てみましょう。」

その時 ふっと浮かんだ。

 小学校1年か2年の時の水泳の授業の時の事を思い出した。

まだ競泳着みたいな水着はなくって、各自あるものを着るという感じで、

又泳ぐというよりは水遊びというようなものだった。

私は母が用意してくれた可愛いセパレーツタイプの水着を着た。

それが火種だった、と今から思えばわかる。

同級生の男子の何人かが「うわ。ビキニだ!」と反応したのだ。

私はその時まで「ビキニ」という言葉も知らなかった。

上と下が分かれているから2回着なければならないし、めんどうだ、と思った位だ。

それで その時やけに反応して「なんでそんなビキニを着るのか」と言ってきた男子達が、

後々、誰々が好きなのか、とか、色んなちょっかいをだしてきて、やけにうざったくてしょうがなかった。

その時私は 男子達から異性として見られる事=うざったい事。だった。なぁ、と思い出した。

そして、小学3年の時に プールの水の薬がもとで(かどうか本当の所はわからないが)鼻を痛めて、

男子生徒たちからとことんいじめられる事になる。

そのいじめた男の子達の中心は、

小学2年の時の「ビキニ」で反応した男の子たちだった。

そのことに 初めて気がついた。全てがつながっていた!

そうして 私は 同じ年代の男の子達や男性から

 異性として好意をもたれると、後々いじめになるんだと感じたのだ。

ヒプノ体験の「沼の主」の項をご参照ください。そこまでつながってたとは知らなかったなぁ)

だから女性として生きる事をやめてしまった

小学生2年生3年生の時に決めた事で、

その後の自分の人生にフタをして、暗くなるしかなかったのだ。

だから今、女性として生きようとするのはその時からの人生をひっくりかえすようなもので

、非常に怖いと感じるのだ。

FTさんが

そこまでわかった上で、ロールプレイでその時の男の子と話してみる

というのをやってみませんか」

と言った。やってみようかな。腕の同意も得られたので話してみた。

ロールプレイというのは

 イメージの中で、関係している人に会って、言いたかったけれど

言えなかった事などを言う&相手の言い分も聞いてみる

。。。などをやってみる、というテクニックです。

想像上の事ですが、これは本当に効果があります。

自分の心の中に潜んでいる本当の気持ち、

わかってるつもりでみすごしていた本音の心がその時に 動かされて 出てきます。

小学2年の私:  男の子でも女の子でも関係あらへんやンか。私はただ一緒に遊びたかったンや。

男の子O君:   そやかて。男の子は男の子や。女の子は女の子や。一緒やない。

小学2年の私:  そうかぁ。そやけどなぁ いじめンといてぇや。

男の子O君:   俺は嫌やけど。あいつら友達の手前やめられへんのや。

           あいつらに「お前なんでやらへんのや」

           て言われるやンか。俺だけやめる訳にはいかへんのや。

小学2年の私:  あんた、自分の事、男の子や、男や、て言うたやないの。

           そんなん、男らしゅうないやン。

男の子O君:    う。そう言われたら、そうなんやけどな・・・。

小学2年の私:  そやろう? そやったら、もう皆と一緒にいじめんといてぇな。

男の子O君:    ん・・・・・。わかった。

小学2年の私:   約束するか?

男の子O君:    うん。約束する。

小学2年の私:   約束の握手やで。(ここで 握手をする)

男の子O君:    うん。約束する。 (握手をして、去る)

そうして 長年のわだかまりがやっと溶けた。

 やっとその事を手放せる時が来た。 手離して、そして前に進む。

もう いじめに来る者はいない。私は私らしく、ひとりの女性として生きる道を歩みだす。

悲しかった辛かった思い出は、もう過ぎ去ったものとして、遠くへ消え行く。

涙と共に。時の彼方に。

<後日談>無事〈?)めでたく彼氏ができました。2003/9月 記