STEP5 Lauder Than Words クラス開催のセッション
        〜〜〜〜〜2005年 11月

おじいちゃんと 電車ごっこ
クリスマス・プレゼント

 

おじいちゃんと電車ごっこ

スリーインワンのstep5「Lauder Than The Words」は構造機能を見ていくクラスである。

人の顔というのはただ顔なだけではなく、その人の個性をあらわすものである。性格や何を好み、何をきらい、何を潔しとし、何を潔しとしないか。
それだけではなく、その人の仕事や人との関わりをどのようにして、作り上げていく人なのか、という事を顔は教えてくれる。

一般に顔を見ていればその人の心や言おうとしている事柄が見える、とも言う。美醜を越えて、若老を越えて、その人の顔からその人の過去も現在も未来も読み取れるのだ。

今回は再受講生さんと一対一でクラスを開催しました。

step5では 「否定」を見ていく。

自己否定だ。
ありのままの自分ではいけないんだ、と思う。

自分を否定する時、自分の性質の良い面も悪い面も一切合切ひとまとめにして 否定に走る。

私の「否定」している
自分らしさの構造機能
その最優先は
「興味」だった。

今現在のネガティブな感情のストレスは88%
ポジティブな感情のやる気は8%

理解するための文は「興味の焦点」

これは家族間や職場での人間関係で、今いち理解できない関係性がある場合、「あの人ってどういう人なんだろうなぁ・・・?」と思う時、この「興味の焦点」で理解に近づく事ができる。

家族間の関係性をこの「興味の焦点」で見てみた。

私と妹は同じで 自由に自分を表現していく人。
母と姉は同じで 健康に関心がある人。
父は いわゆる子を育てる親、という感じの人。

父は怒りっぽいので、何かと人を管理しようとしているかのように思えることもあるが、バイオフィードバック(筋肉反射)が教えてくれるには、
父は 子どもが関心を持っていることがあるならやらせて、のびるんならのばしてやろう、みたいな、感じで、
何をやれとか 何をするなとか うるさく言わないが
悠然とかまえているような 感じで 書いてあった。

母と姉は 痩せるとか美容の為のサプリメントなどにとても関心がある。確かにそうだ。

妹は自由人的な空気を持っている。

こうしてみると、うちの家族はそれぞれがそれぞれに悠々と自分を謳歌していくタイプのようだ。

・・・と言う理解をしていくと、
わたしは「自分が自分らしくいたら それでいい」という感触をうける。

家族がいると自分は自分をそっちのけにして家族の為にもまれてしまう、もまれなければならない、もまれて生きる方法だけしか知らなかった〜〜なんて思いのストレスが
ある。

自分に興味を持ち、自分のやる事をただやる。

というのに集中しにくい所がある。

これを解放するのだ。

原因の年は 2歳。妹が生まれた時。
(よく出てくる。よっぽどトラウマだったのだろう)

ネガティブなストレスが98% ポジティブなやる気が97%

何がどういう状態だった、のか、は具体的にわからなかったが、感じるのは「この世の終わり」感だ。

私が生まれた時すでに人生に希望はなかった。

妹が生まれて余計に希望はなくなり、あるのは「この世は終わりだ」感覚だ。

F/Oして様子を見てみた。

家族の全ての関心が 母が妹を生むことに向いていた。

私は冷たく置き去りにされた感じがした。

生まれた妹は なんとかわいかったことか。

この可愛さ。

余計に私にライトがあたることはないであろうということを感じさせた。

見えていることを何でもいいから
自分にとって光とか明るさや居心地の良さを
感じさせるような場面に作り変えてみた。

どこからそうなったのかはわからないが、
おじいちゃんがいて、姉がいて、私がいる。

三人で公園にいる。

そして長いひもを輪にして、三人が中に入り、電車ごっこをしている。

あ、ありえん!
あのおじいちゃんが電車ごっこだと!?
ありえん!
(X。x)

しかしイメージの世界ではどんな事でも想像可能なのだ。

自分にとってそれが居心地がいいのならそれを想像したっていいのだ。ありえるとかありえないではないのだ。

三人で電車ごっこをした。やっているうちに陽がおちてきて空は夕焼けだった。電車ごっこをしながら家まで帰った。

「あの、おじいちゃんが 電車ごっこ!? ありえん!」と
私の信じ込みは大抵抗した。しかし信じ込みよりも創造的イメージの方がパワーが上なのだ。

信じ込みよりも上をいくのが 癒しのパワァなのだ。

ありえん事をイメージし、脳の全ての細胞が科学反応を示した。脳が頭蓋骨の中でぐるりと 上下反対に回ったような位に 反応を感じた。

数分横になって、のびた・・・・・・・・・・。

(++;)

クリスマス・プレゼント

しばらくして セッション再開。

今度は思春期の頃を見て解放する。

思春期は12歳。
その時 両親が多忙につき、さみしい思いをした。

その頃の気持を理解する文章はペインの13番とバッチの37番。どちらも何か怒りというよりあきらめているような。

F/Oしてイメージしてみる。

その12歳の自分が求めている物は何か?
何があればその頃の自分が幸せを感じることができるのか?

なんでもいい。ありえん!ことでもいいのだ☆彡

ふと「クリスマスプレゼント」と思った。

両親からクリスマスプレゼントを直接手渡しして、ほしいと思った。寝ている間に枕元に、というのはよくある事だ。

本当にほしかったのは直接親の愛情とか心とかつながりとかを感じることだった。何かの物、が、欲しいっていうのもあるけれども、それ以上に直接親から愛情を受けているんだっていう感触が欲しかった。

イメージしてみた。

赤と緑の色がきれいな包装紙でつつまれて、赤いリボンがかかっているクリスマスプレゼントの箱を両親から貰う。

中を開けてみると

くまのぬいぐるみ。

あ、それからうさぎのぬいぐるみも!

わぁい☆彡(^o^)/☆彡

ふと横を見ると姉も両親から貰っていた。

姉は、お姫様の人形を貰っていた。

やったね(^^)☆(^^)やったね

その事から理解した事

「今までは失敗することしかありえないのが人生、だった。
  失敗だけがわが人生だったのだ。
   しかしこれからは違う。

何かにチャレンジして 失敗することも成功することもある人生、というのがこれからだ。

つまり
成功する事もありうる人生

このセッションでは 二つも ありえん!ことをあらしめるイメージをした。ぶっ倒れた! 伸びた!
ぐらぐらになった。
が、ぐらついたのは私ではなく、私の信じ込み君だ。

「これこれなんて素晴らしい事はありうる訳がないぃっ!」
 

と 力説していた信じ込み君が 伸びたのだ。

信じ込みの力というのは強い。が、創造的創作力の方が上をいくのだ。

なかなか凄いセッションだった。

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